「もうすぐ締切なのに全然おわらねぇ。何やっていいのか頭が真っ白になってきて分からねぇ!!」というときは以下の手順で乗り切ります。
1. 周りに人がいないかどうかを確かめます
2. 自分の周囲に危険物が無いかを確かめます
3. 「ヴァァァーーーー」とします
4. 印刷用紙の裏紙(A4サイズ)とボールペン1本を持ち書き物机へ移動します(物が置いてなく十分なスペースがある机がオススメです)
5. 提出物が最低限の品質を満たしているといえる条件を列挙します
6. 「ヴァァァーーーー」とします
7. 最低限の品質を満たすためにやらなければならないことを思いつくままに列挙します
8. 「ヴァァァーーーー」とします
9. 列挙した作業を残り時間と今いる場所、今使える道具・資源を勘案して、最短時間で効率良く成し遂げられる順番に並べ替えます(できるかぎり頭を使わない作業から始めるのがコツです)
10. 並べ替えた作業を清書します(これが、作業リストになります)
11. 「ヴァァァーーーー」としてから、顔を洗いにいきます。必要に応じて髪を整えます
12. 深くため息をついて「がんばれ、がんばれ、私!!」と自分を応援してから、おもむろに作業リストの一番上から思考を停止して、片付けていきます
13. 作業が終わったら、作業リスト上の完了作業を色ペンでぬりつぶしてやります
14. 作業リストが終わるまで、これを続けます。
「最低限の品質なら提出できない」と思う方には次の言葉を送ります。「じゃあ、もっと余裕をもって始めろよ。このクズ野郎!」
| — | 締切前に「ヴァァァーーーー」となってしまったとき - 発声練習 (via ngm) (via motomocomo) |
日本では(意匠的に)良いデザインのプロダクトというのはごく一般的なのでしょうか?
日本人は一般的に簡素を好む。日本の簡素さは西洋のシンプルとは異なる。近代の到来から300年ほど前に、日本は独自の簡素さを旨とする美を発見し、身につけてきた。
二つの調理用の包丁をご覧いただきたい。一つはドイツのヘンケル製。人間工学的によく出来ていて大変使いやすい。これが西洋流のシンプル。握ると自然に親指の位置も決まる。しかし、超絶技術を持つ日本料理の板前はグリップに凹凸のない包丁を使う。平板な把手は貧しさや未成熟ではない。むしろその逆である。どこを持ってもよいという完全なプレーンさが、板前のあらゆる技術を受け入れる豊かさになる。これが日本流の簡素さだ。
簡素でありながらもそれが貧しさにはならず、むしろゴージャスさを凌駕する美につながる。そういう美意識が日本人の感覚の奥底に眠っている。それが日本の建築やハイテク技術、そして無印良品などのミニマルなプロダクツの背景をなすものだ。弁当も、決して凝りすぎてはいけない。旬の素材を簡単に調理し、手早く美しく作る点が肝要である。
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iA » Kenya Hara On Japanese Aesthetics (via burnworks) (via d-d-d) (via proto-jp) (via theemitter) (via akko2524) (via yellowblog) (via motomocomo) ユニバーサルデザイン? |
「橋のデザイン」を考えるな。
「河の渡り方」を考えよ。
| — | 毎日3分読書革命!土井英司のビジネスブックマラソン [まぐまぐ!] (via hetmek) (via parallel) (via daiskip) (via ukar) (via motomocomo) |






